知財コラム

「強制実施権について」

朝日新聞の1面(5 月 10 日)に、アメリカのバイデン大統領が新型コロナウイルスのワクチンに関する特許を放棄すると言ったことに対して、ドイツやフランスなどが反発しているとの記事が掲載されました。
特許を保有する先進国の製薬会社に独占権を放棄させて、広く世界中にワクチンを普及させるのは、一見して世の中のためになることのようですが、それでは、製薬会社が研究開発をする意欲を失ってしまいます。医薬の研究開発には莫大な投資が必要ですから、それが回収できないのであれば、製薬会社もたまりません。
この話は「お上が特許を巻き上げる」というような少々荒っぽい話ですが、実はわが国にもそのような制度があります。特許法第 93 条には、「特許発明の実施が公共の利益のためとくに必要であるときは、経済産業大臣の裁定によって、特許権者の同意を得ずに強制的に第三者にライセンス許諾できる」と規定されています。わが国で実際にこの強制実施権が設定されたことはないと記憶していますが、外国では実際に設定されたことがあります。
1980 年代以降、エイズ(AIDS)が新興国や途上国を中心に猛威を振るいましたが、南アフリカやブラジルは強制実施権を設定して安価な抗ウイルス薬を製造させました。これに対して、製薬会社を抱える先進国が反発して大きな争いになりました。
歴史は巡って、現在のコロナ禍によって同じような議論が起こっています。
RNA ワクチンや DNA ワクチンは、誰でも簡単に作れるようなものではないですし、途上国で粗悪品が出回って薬害が出るようであれば大問題です。特許を放棄させるよりも、特許権者に大量に製造させて、それを安価に途上国に供給できるように先進国が経済的にサポートするような枠組みが望ましいのではないか、などと、母のワクチン接種の予約が取れてほっとしながら思っているところです。

(日本弁理士会中国会 弁理士 中務 茂樹 )

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