知財コラム

「中国 SEP(標準必須特許)事件に係る TRIPs 協定第 63 条違反による WTO 紛争処理提訴」

2021 年 7 月付けにて TRIPs 理事会は、欧州連合(EU)から中国に対して TRIPs協定第 63 条第 3 項に基づく情報提供要請が行われた旨を公表しました。当該要請においては、中国での標準必須特許(SEP)に係る複数の争訟事件に対する司法情報の提供が求められており、TRIPs 協定下における知的財産権行使の透明性確保及び加盟国裁量に係る「柔軟性(flexibility)」のあり方に関する事案として注目されます。対象となる SEP 事件には最高人民法院により「訴訟差止命令(antisuit injunction)」がなされた 2020 年の Conversant v. Huawei 事件(最高人民法院)ほか合計 4 つの SEP 事件が含まれ、これら事件の全てについて、中国政府裁判例ウェブサイトまたはその他の手段により詳細情報の提供がなされるよう要請されました。しかしながら、中国政府は同協定の硬直的な制定時「文脈(context)」解釈に基づき本件回答を事実上拒否し、本年2022 年時点において EU は、スイス・ジュネーブでの WTO による紛争処理のための提訴を行うに至っています。

本事案は EU 主張のとおり、第 63 条第 3 項の要請については、TRIPs 協定の第 7 条・第 8 条「趣旨及び目的」規定に照らした「目的論的(teleological)」協定解釈により、各加盟国には誠実な回答を行う条約上の法的義務があると解すべきと考えられます。

すなわち、TRIPs 協定の適切な「目的論的」解釈を意図的に忌避しようとする不合理な協定条項解釈は、許容されるべきではありません。また TRIPs 協定第 1条規定の加盟国裁量との関係においても、協定の「柔軟性」の範囲は、その「趣旨及び目的」と各条規定の「目的論的」解釈に鑑み、適切かつ合理的な限度に制限されるべきであり、一部加盟国が当該「柔軟性」を濫用的に主張し、協定義務の遵守を恣意的に潜脱することは許されないことを明らかにすべきです。かかる本件での中国に見られる加盟国による「柔軟性」の濫用的主張は、各国毎の事情に応じた個別具体的な公共利益保護の必要のために許容されている「柔軟性」本来のあり方を棄損するものとなり、将来的には WTO システムと TRIPs 協定全体の機能不全を招きかねないことに注意すべきでしょう。

(日本弁理士会中国会 弁理士 竹内 誠也)

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